東京お花見30選
東京都内の桜の名所30選挙。お花見スポット選びにぜひご活用ください!


花見の歴史


奈良時代〜平安時代

花見の起源は、奈良時代の貴族の行事だと言われています。ただ、奈良時代の花見で鑑賞されたのは、中国から伝来したばかりの梅。それが桜に変わったのは、平安時代になってからです。

その移り変わりは歌からも知ることができ、『万葉集』(783年成立)では桜を詠んだ歌が40首に対し、梅を詠んだ歌は100首程度。これが平安時代の『古今和歌集』(905年成立)になるとその数が逆転します。

「花」といえば桜を意味するようになるのもこの頃からと言われています。記録に残る最初の桜の花見は、812年(弘仁3年)に神泉苑にて嵯峨天皇が催した「花宴」で、これは『日本後紀』に記されています。831年(天長8年)からは場所が宮中に移り、天皇主催の定例行事として取り入れられました。広大な敷地を保有している貴族たちは、庭に桜の木を植え、鑑賞していたようです。その様子は『源氏物語』の「花宴」に描かれています。

『源氏物語』の頃になると、「花」はほぼ「桜」の同義語として使われるようになり、源氏物語には藤を鑑賞する宴についての記述もあるものの、桜以外の花を観賞する宴を指して「花見や花宴」と呼ぶ事はありません。

室町〜江戸時代

また、吉田兼好の『徒然草』では、「花は盛りに、月は隈なきをのみ、見るものかは。」(現代語訳:サクラの花は満開の時だけを、月は影のない満月だけを見るものだろうか?)と始まる一段があり、ここでは貴族風の花見とそうでない田舎の花見の違いが説かれています。

このことからも室町時代初期になると、地方の武士階級においても花見の宴が行われていたことが伺えます。安土桃山時代(織豊時代)には、豊臣秀吉が京都の醍醐寺にて、秀頼、北政所、淀殿ら近親の者を初め、諸大名、その配下の者など約1300名を従えて盛大に催した花見の宴「醍醐の花見」が行われました。

庶民にまで花見の風習が広まっていったのは江戸時代。
徳川吉宗が江戸の各地に桜を植えさせ、花見を奨励してからだといわれています。

東京お花見30選


お花見の情報



プライバシーポリシー&お問い合わせについて

東京お花見30選トップページ