東京お花見30選
東京都内の桜の名所30選挙。お花見スポット選びにぜひご活用ください!


江戸時代の花見


現在の花見のスタイルが定着したのは、江戸時代からということで、当時の様子を少しご紹介しておきましょう。

江戸時代は「武士」を上位階級として、その下に「百姓」「町人」があるなど身分の上下が厳しく、住む場所や衣服も階層によって規制がありました。そのような中でお花見だけは、身分や性別の区別なく参加できる大変開放感のある行事でした。

交通手段が発達していなかった江戸時代の人々にとって、花の名所へ出かけることは一日がかりの遠出。しかし、女・子供にとって花見は、町の外に出られる数少ない貴重な機会だったため、その楽しみは今とは比べ物にならないほど大きかったようです。

花見は女性達のおしゃれ自慢の場でもあり、身分を問わず皆精一杯に着飾って出かけました。「身分を超えて見初められるかも知れない」という期待を胸に、できる範囲で最高のファッションを身にまとった女性たちは、男性から注がれる視線を意識しながら桜の下を歩いたようです。

お花見は出会いの場でもありました。女性が玉の輿を夢見るのは、いつの時代も同じなのかもしれませんね。

もちろん、男性たちにとってもお花見の季節は特別でした。特に人出の多かった墨田堤には、夜になると近くの岡場所の芸者や遊女達、綺麗に化粧し美しく着飾った水茶屋娘が花見に訪れました。

桜の花と遊女たちの華であふれる墨田堤。それを目当てに沢山の男性たちが押し寄せて来たということです。
また、花札の「桜の幕」の絵柄を思い浮かべてもらうとわかりやすいのですが、身分の高い人、裕福な人たちは、自分たちの場所を花見幕で囲んで花見を楽しみました。花見幕の間から垣間見える着飾った女性の影や美しい髷(まげ)は、さぞや男性たちの想像力を刺激した事でしょう。

飛鳥山や墨田堤などでは、飲み食い自由で、派手な遊びや振る舞いも許されていました。花見客を当て込んだ「団子屋」や「茶店」などの出店も数多く並んでいたようです。花見弁当やお酒を持ちより、出店で桜餅や団子を買っては食べ、満開の桜の下、飲めや歌えの大騒ぎ。

江戸時代の花見の華やかさを想像するとこちらまで楽しくなりますね。
このように、もともと桜を眺めながら宴を開いた貴族の風習が「花より団子」に変わったのは、江戸時代なのです。

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